2019年06月26日

「小さな星」新美南吉




「小さな星」 新美南吉

彼ハ小さな星です
片隅にまたたいてゐます
太陽の雄弁もありません
月の抒情も持ちません
金星の魔術もないのです
彼は小さな星です
花屋が落していつた菫ノ一輪です
少女がすつた燐寸の一本です
草の葉にかくれた子供の蛍です
夜 それぞれの星が それぞれの
   沈黙で歌ふとき
遠い太古(むかし)、深い森、
黒い海、大きな炎、
戦争やときめく心臓のことなど
   歌ふとき
彼は小さな星です
小さな虫や小供のことを
うたひます
咳をしながらとぎれとぎれに
うたひます

風が吼える晩や
霧が湧く夜は
どつかへ隠れてしまひます

月が照らす空や
窓の明るい街では
自分の火をふきけしてしまひます
彼は小さな星です
梢の小枝にひつかゝつて
小さい眼をしばたたいてゐます。 


1939(昭和14)年作



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2019年05月24日

「張紅倫」新美南吉(後半)



「張紅倫」新美南吉(後半)
 二

 少佐がかつぎこまれたのは、ほったて小屋のようにみすぼらしい、支那人の百姓の家で、張魚凱(ちょうぎょがい)というおやじさんと、張紅倫(ちょうこうりん)という息子とふたりきりの、まずしいくらしでした。
 あい色の支那服をきた、十三四の少年の紅倫は、少佐の枕もとにすわって看護してくれました。紅倫は大きなどんぶりにきれいな水を一ぱいくんでもってきて、いいました。
 「わたしがあの畑の道を通りかかると、人のうめきごえが聞こえました。おかしいなと思って、あたりをさがしまわっていたら、井戸の底にあなたがたおれていたので、走って帰って、お父さんにいったんです。それからお父さんとわたしとで縄をもっていって、ひきあげたのです。」
 紅倫はうれしそうに目をかがやかしながら話しました。少佐はどんぶりの水をごくごくのんでは、うむうむといちいち感謝をこめてうなずきました。
 それから紅倫は日本のことをいろいろたずねました。少佐が内地に待っている、紅倫とおない年くらいのじぶんの子どものことを話してやると、紅倫はたいへんよろこびました。わたしも日本へいってみたい、そしてあなたのお子さんとお友だちになりたいといいました。少佐はこんな話をするたびに、日本のことをおもいうかべては、小さな窓からうらの畠の向こうをみつめました。外では、とおくで、ドドンドドンと砲声がひっきりなしにきこえました。
 そのまま四五日たったある夕方のことでした。もう戦いもすんだのか、砲声もパッタリやみました。窓からみえる空がまっ赤に焼けて、へんにさびしい、ながめでした。いちんち畑で働いていた張魚凱が帰ってきました。そして少佐の枕もとにそそくさとすわりこんで、
 「こまったことになりました。村のやつらが、あなたをロシア兵に売ろうといいます。こんばんみんなであなたをつかまえにくるらしいです。早くここをにげてください。まだ動くにはご無理でしょうが、一刻もぐずぐずしてはいられません。早くしてください。早く。」
とせきたてます。
 少佐はもうどうやら歩けそうなので、これまでの礼をあつくのべ、手早く服装をととのえて、紅倫の家を出ました。畠道に出て、ふりかえってみると、紅倫が背戸口から顔を出して、さびしそうに少佐の方をみつめていました。少佐はまた、ひきかえしていって、大きな懐中時計をはずして、紅倫の手ににぎらせました。
 だんだん暗くなっていく畠の上を、少佐は、身をかがめて、奉天を目あてに、野ねずみのようにかけていきました。

  三

 戦役がおわって、少佐も内地へかえりました。そののち、少佐は退役して、ある都会の会社につとめました。少佐は、たびたび張親子を思い出して、人びとにその話をしました。張親子へはなんべんも手紙を送りました。けれども、先方ではそれが読めなかったのか、一度も返事をくれませんでした。
 戦争がすんでから、十年もたちました。少佐はその会社の、かなり上役(うわやく)になり、息子さんもりっぱな青年になりました。紅倫もきっと、たくましい、わかものになったことだろうと、少佐はよくいいいいしました。
 ある日の午後、会社の事務室へ、年わかい支那人がやってきました。青い服に、麻のあみぐつをはいて、うでにバスケットをさげていました。
 「こんにちは。万年筆いかが。」と、バスケットをあけて、受付の男の前につき出しました。
 「いらんよ。」と、受付の男はうるさそうにはねつけました。
 「墨いかが。筆いかが。」
 「墨も筆もいらん。たくさんあるんだ。」
と、そのとき、奥の方から青木少佐が出てきました。
 「おい、万年筆を買ってやろう。」と、少佐はいいました。
 「万年筆やすい」
 あたりで仕事をしていた人も、少佐が万年筆を買うといいだしたので、ふたりのまわりによりたかってきました。いろんな万年筆を少佐が手にとってみているあいだ、支那人は、少佐の顔をじっとみまもっていました。
 「これを一本もらうよ。いくらだい」
 「一円と二十銭。」
 少佐は金入れから、銀貨を出してわたしました。支那人は、バスケットのしまつをして、ていねいにおじぎをして出ていこうとしました。そのとき、支那人は、ポケットから懐中時計をつまみ出して、時間を見ました。少佐はふとそれに目をとめて、
 「あ、ちょっと待ちたまえ。その時計をみせてくれないか」
 「とけい?」
 支那人はなぜそんなことをいうのか、ふにおちないようすで、おずおずさし出しました。少佐が手にとってみますと、それはたしかに、十年前、じぶんが張紅倫にやった時計です。
 「君、張紅倫というんじゃないかい。」
 「えッ?」と、支那人の若ものはびっくりしたようにいいましたが、すぐ、
「わたし、張紅倫、ない。」と首をふりました。
 「いや、君は紅倫君だろう。わしが古井戸の中におちたのを、すくってくれたことをおぼえているだろう? わしはわかれるときこの時計を君にやったんだ。」
 「わたし、紅倫ない。あなたのようなえらい人、穴におちることない」といって、ききません。
 「じゃァ、この時計はどうして手に入れたんだ。」
 「買った。」
 「買った? 買ったのか。そうか。それにしてもよくにた時計があるもんだな。ともかくきみは紅倫にそっくりだよ。へんだね。いや、失礼、よびとめちゃって。」
 「さよなら」
 支那人はもういっぺん、ぺこんとおじぎをして出ていきました。
 そのよく日、会社へ、少佐にあてて無名の手紙がきました。あけてみますと、読みにくい支那語で、
 「わたくしは紅倫です。あの古井戸からおすくいしてから、もう十年もすぎました今日(こんにち)、あなたにおあいするなんて、ゆめのような気がしました。よく、わたくしをおわすれにならないでいてくださいました。わたくしの父は昨年死にました。わたくしはあなたとお話がしたい。けれど、お話ししたら、支那人のわたしに、あなたが古井戸の中から救われたことがわかるとあなたのお名まえにかかわるでしょう。だから、わたしはあなたにうそをつきました。わたしは、明日は支那へかえることにしていたところです。さよなら、おだいじに。さよなら。」
と、だいたい、そういう意味のことがかいてありました。

講談社スーパー文庫『新美南吉童話大全』2005による。
この本の底本は大日本図書刊『新美南吉童話集』

posted by たわた at 23:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「張紅倫(ちょうこうりん)」新美南吉(前半)


張紅倫     新美南吉
 
 一
 奉天大戦争(一九〇五年)の数日前の、ある夜半のことでした。わがある部隊の大隊長青木少佐は、畑の中に立っている歩哨をみまわって歩きました。歩哨は命ぜられた地点に石のようにつっ立って、きびしい寒さと、ねむさをがまんしながら警備についているのでした。
 「第三歩哨、異状はないか」
 少佐は小さく声をかけました。
 「はっ、異状ありません」
 歩哨の返事が、あたりの空気に、ひくく、こだまをしました。少佐はまた、あるき出しました。
 頭の上で、小さな星が一つ、かすかにまたたいています。少佐はその光をあおぎながら、足音をぬすんで歩きつづけました。
 もうすこしいくと、つぎの歩哨のかげがみえようと思われるところで、少佐はどかりと足をふみはずして、こおった土くれをかぶりながら、がたがたがたどすんと、深い穴の中に落ちこみました。
 ふいをくった少佐は、しばらく穴の底でぼんやりしていましたが、あたりのやみに目もなれ、気もおちついてくると、穴の中のようすがうすうすわかってきました。それは四メートル以上の深さで、底の方が広がっている、水のかれた古井戸だったのです。
 少佐は声を出して歩哨をよぼうとしましたが、まてまて、深い井戸の中のことだから、歩哨のいるところまで、こえがとおるかどうかわからない、それにもし、ロシアの斥候(せっこう)に聞きつけられたら、むざむざと殺されるにきまっている、と思いかえし、そのまま、だまって腰をおろしました。
 あすの、朝になったら、だれかがさがしあてて、ひきあげてくれるだろうと考えながら、まるい井戸の口でしきられた星空をみつめていました。そのうちに、井戸の中があんがい暖かなので、うとうととねむり出しました。
 ふと目ざめたときは、もう夜があけていました。少佐はううんとあくびをしながら、赤くかがやいた空をみあげたのち、
 「ちょッ、どうしたらいいかな。」
と、心の中でつぶやきました。
 まもなく、朝焼けで赤かった空は、コバルト色になり、やがてこいい水色にかわっていきました。少佐はだれかさがし出してくれないものかと、待ちあぐんでいましたが、だれもここに井戸があることにさえ気がつかないらしい気配です。上をみると、長いのや、みじかいのや、いろいろの形をしたきれぎれの雲が、あとからあとからと白くとおっていくきりです。
 とうとうおひる近くになりました。青木少佐は腹もへり、のどがかわいてきました。とてもじれったくなって、大声で、オーイ、オーイと、いくどもどなってみました。しかし、じぶんの声が壁にひびくだけで、だれも返事をしてくれるものはありません。
 少佐はしかたなく、むだだとは知りながら、なんどもなんども井戸の口から下がった蔓草のはしに飛びつこうとしました。やがて、「あああ。」と、つかれはてて、ぺったりと井戸の底にすわりこんでしまいました。
 そのうちにとうとう日がくれて、寒いよいやみがせまってきました。ゆうべの小さな星が、同じところでさびしく光っています。
 「おれはこのまま死んでしまうかもしれないぞ。」と、少佐はふと、こんなことを考えました。
 「じぶんは、いまさら死をおそれはしない。しかし、戦争にくわわっていながら、こんな古井戸の中でのたれじにをするのは、いかにもいまいましい。死ぬなら敵の玉にあたって、はなばなしく死にたいなァ。」とこうも思いました。
 まもなく少佐は、疲れと空腹のために、ねむりにおちいりました。それはねむりといえばねむりでしたが、ほとんど気絶したも同じようなものでした。
 それからいく時間たったでしょう。少佐の耳に、ふと、人のこえがきこえてきました。しかし、少佐はまだ半分うとうとして、はっきり目ざめることができませんでした。
 「ははあ、地獄から鬼がむかえにきたのかな。」
 少佐はそんなことを、ゆめのように考えていました。すると耳もとの人ごえがだんだんはっきりしてきました。
 「しっかりなさい。」と、支那語でいいます。少佐は支那語をすこしは知っていました。そのことばで、びっくりして目をひらきました。
 「気がつきましたか。たすけてあげます。」と、そばに立っていた男がこういってだきおこしてくれました。
 「ありがとうありがとう」
と、少佐は答えようとしましたが、のどがこわばって、こえが出ません。
 男は、井戸の口からつり下げた縄のはしで少佐の胴たいをしばっておいて、じぶんがさきに、その縄につかまって上がり、それから、縄をたぐって、少佐を井戸の外へひき上げました。少佐はギラギラした昼の天地が目にはいるといっしょに、ああたすかったとおもいましたが、そのまま、また、気をうしなってしまいました。
posted by たわた at 23:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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